童話



  ドングリ山のコンサート

井手口良一

 

 その日、ドングリ銀行の頭取の吉田さんの机の上に手紙が置かれていました。少し茶色くなった木の葉を何枚も貼り合わせて、そこに下手な文字で、
「どんぐりやま こんさと しょたいけん」
「このつぎのまんげつのよるに どんぐりやまでこんさとをします よしださ 子どもたちといしょに きときてください」
と書いてありました。吉田さんは誰かのいたずらかとも思いましたが、それにしても不思議な手紙でした。

 ドングリ山ではドングリスが大忙しです。吉田さんに手紙を書いたのはドングリスでした。第一、コンサートをしようと提案したのもドングリスだったのです。
「おーい、みんな集まっておくれ」
ドングリスの声にドングリ山の仲間たちが集まってきました。
「さあ、ぼくは吉田さんにお手紙を書いたぞ。
次の満月の晩にきてくれるようにってね。ハタネズミの郵便屋さんに切手代、10コロも払ったんだぞ」
ドングリスは得意げにそういうのですが、
「おいおい、冗談じゃない。あの話、本気にしていたなんて」
アラドンが本当に困った顔をして、それでもいつものように、のんびりとした声で言いました。
「いいじゃない。面白いじゃない。やりましょうよ。吉田さんにはお世話になっているんだから。
それに面白そうだし」

スージーが少しかすれたような声で、勢い込んで言いました。
「そんなこと言ったって、僕は楽器なんて何にも弾けないよ。どうするんだよ」
そういったのはコナランでした。コナランはいつだって、何かをする前には心配します。
「だったら、楽器が弾けたらやるんだね。大丈夫、僕が教えてあげるよ。僕が大きな太鼓、
コナランが小さな太鼓でどうだい」

こんどはクヌボーが自信ありげな提案です。
「ようし、コナランはいいね。アラドンはどうする。手伝ってくれる」
ドングリスがそういうと、みんながアラドンを顔を見ました。
「もちろんやるさ。僕だって吉田さんは好きだからね」
アラドンはあいかわらず、力の入らないのんびりした声で、それでもきっぱりとそう言いました。
「ようし、山のみんなにも参加してもらおう。だって僕らのドングリ山にたくさん木を植えてくれた吉田さんの、
誕生日のお祝いだからね。」

ドングリスはそうひとりごとを言うと、ドングリ山の森の中に消えていきました。

 そうです。今年の秋の2回目の満月の夜は、吉田さんの誕生日だったのです。吉田さんがドングリ銀行は、子供たちが集めた木の実を銀行に預けてもらい、それを蒔いて育てた苗木をまた子供たちがみんなで植えて、大きな森を作るためでした。
 ドングリ山のすぐそばにできたその新しい森は、まだまだ小さな木ばかりだけど、すぐに大きくなって、ドングリスやハタネズミやムササビたちに、たくさんのおいしい実をならせてくれるはずです。
 それでドングリスは吉田さんに何かお礼をしようと考えて、みんなに相談して、このドングリ山コンサートのアイデアが決まったのです。
 コンサートのための練習が始まりました。はじめにドングリスの呼びかけに集まったクヌボー、アラドン、スージー、コナランの4人だけではありません。
 郵便屋さんのハタネズミが配達先でみんなに声をかけてくれたので、カラスも来ましたし、タヌキも、ムササビも、イノシシも来ました。
 夜に開くコンサートなので、トリたちはなかまにはいれません。フクロウだけが
「ホーホー」
と得意の笛を吹いてくれる事になりました。
 バイオリンはキリギリス、チェロはクツワムシ、トライアングルはカネタタキです。みんな、ドングリ山の仲間たちはドングリ銀行の頭取の吉田さんが好きでした。それにみんなの森を植えてくれた子供たちにも、何かお礼がしたかったのです。
 本当はアオダイショウも仲間に入れてくれと言ってきたのですが
「ごめん。吉田さんはヘビはこわいから、ヘビが仲間なら、来たくないって言っているんだ。シイの木の高い所に隠れていてくれないか。」
ドングリスはそんなウソを言って、アオダイショウには帰ってもらいました。
本当は怖いのはドングリスやハタネズミやムササビたちだったのです。

 でも練習は散々です。みんな勝手に自分の楽器を鳴らすだけで、音楽なんて言えません。
「あと10日もないんだよ。みんな、まじめにやってくれよ。
これじゃあ、吉田さんのお誕生日の贈り物にはなりやしないよ」

ドングリスが手に持っていた木の枝で、クルミの鈴を叩いて言いました。
「だって、いつから引き始めるのかわからないし、今、どこを引いているのかさえ分からない。
誰かが合図をしてくれなきゃ」

クヌボーがそう言いました。
 そうです。楽器を弾く仲間はたくさんいたのだけど、コンサートの指揮者がいなかったのです。
さあ、誰が指揮者になったらいいのでしょうか。

 その晩、ドングリ山の上に大きな大きなお月さまが昇りました。吉田さんはまだ明るいうちから、大勢の子供たちと一緒に、ドングリ山のあのみんなで植えた小さな木たちの森にやってきました。いよいよコンサートが始まります。

 まず、ドングリスがコチコチになって登場して、深々とお辞儀をしました。吉田さんも子どもたちもいっせいにお辞儀をしました。そうです、今夜のコンサートの指揮者は、結局ドングリスになったのです。
 素晴らしい音楽会になりました。あんまり素晴らしかったので、お月様が高く高くなっても、子どもたちは時間を忘れてしまったほどです。でもあんまり遅くなると、おうちの人が心配するとことを思い出した吉田さんが、立ち上がりました。そして力一杯拍手をしました。子どもたちも拍手をしながら、森の仲間たちに口々にお礼を言いました。
 そして、コンサートの最後の曲が流れているのを聞きながら、ドングリ山から帰って行きました。

つづく